過度に適度で遵当な

在日日本人

「永楽音源」PJ、再起動します。

2020年12月、たまたまメルカリを徘徊していたところ、1枚の業務用音源CDを購入しました。到着したCDを見ると、ジャケットに見覚えのある題名が幾つか並んでいます。こうした業務用音源は各社が相互に参考にしているため、曲の被りはしばしばです。ですので最初は、「新しいCDが手に入った」程度にしか思っていませんでした。
ところが、PCに取り込んで再生すると、駅で聴いたことのある「牧場の朝」「アマリリス」「花の言葉」…等のマスター音源と思しき音声が収録されています。実際の駅の再生速度より若干遅く収録されています。そのため、駅と同じ速度にして再生してみます。すると、駅と全く同じノイズが聴こえる。
他の曲も再生速度をいじり、駅使用のものと同じにしてみます。「牧場の朝」「ムーンリバー」「アマリリス」「浜千鳥」…、どれもが聴いたことのあるノイズを伴って再生されます。30年間追い求められてきた「あの」音源が縁あって手元にやってきた瞬間でした。これらの楽曲は、これまで「永楽電気」制作と言われてきました。小生もそう信じてきました。しかし、CDのジャケットをいくら眺めても「永楽電気」の「永」の字もありません。その代わり、P社の子会社の銘記があるのみです。そう、これまで「永楽電気製」と思われてきた発車メロディーが、実は永楽電気制作の楽曲ではない。これまで一部の好事家には知られてきた流言に確証が取れた瞬間です。
その興奮をそのまま記事にしたのが以下です。
aqbar.hatenablog.com
現在改めて読み返すと、後半の文章がおかしいうえに、CDのジャケットに銘記された企業を制作メーカと断定しています。この断定は後日、間違いであったと判明します。
永楽電気株式会社は鉄道通信関係に強みを持つ老舗企業です。企業見本市にも積極的に参加しています。関係業種に就職した好事家が、直接、永楽電気の担当者に質問をぶつけたところ、「弊社の曲と思われているのは承知している。しかし、弊社が制作したものではない。」と回答を受けた、その話は一部でも流通していました。また、永楽電気が直接関係のない場所で同じ楽曲の使用が確認されてもいました。たまたま手元にあった業務用音源を発車メロディーに転用した、そんな担当者の姿が思い浮かびます。
では制作メーカあるいは編曲者を探し出したい。そう考えて執筆したのが以下の記事です。
aqbar.hatenablog.com
末尾に小生は

そして一般販売へ…
小生、動きます。

と記しました。2021年11月のことです。しかし、そこから調査は難航します。なにせ業務用音源ですから市販ではありません。すなわち、国会図書館を始めとした公立私立図書館は所蔵していない可能性が極めて高いと言えます。実際、OPACを幾ら探しても出てきません。編曲者もJASRACに登録していません。そして思い当たる限り関係する全ての企業に問い合わせましたが、「弊社はお客様から頂いた音源を組み込むだけであり、制作は行わない(P社)」「詳細が分からない(N社)」「(YPS社は無回答)」と八方ふさがりです。永楽電気株式会社の生き字引と呼ばれる方にお訊ねにしても手掛かりは得られませんでした。まさになしのつぶて…。私が1枚だけ持っている独占性はどうしてもいやでしたから、何らかの突破口を作りたい。しかし著作者や権利執行者でもありませんから、私的な範囲に限定されます。法律の縛りがとても強い。

しかし、ひとつの光明が見えてきました。文化庁の著作権者不明等の場合の裁定制度*1の利用(以下「文化庁裁定制度」とする。)です。
「1 裁定制度の概要」からひとつひとつ読んでいくのは骨が折れます。読者の皆さんと目線を合わせたい。そこで、ざっくりと、この制度がどのようなものか説明いたします。
行政文書は特徴的な用語、特有の言い回し等が合わさって、特定の訓練を受けた人間でないとなかなか読み解けません。幸いなことに大学院で研究者見習をしていた頃は膨大な量の行政文書を読んでいたこともあり、読み解く一助になりました。
しかし、文化庁裁定制度の文章は、霞が関官僚が繰り出す文書の中でもかなり分かりやすい方です。ところで、霞が関が繰り出す行政文書に馴れてしまうと、ミイラ取りがミイラになります。己も霞が関文章メーカーになります。そして指摘されるまで気が付かない。怖い。怖すぎる。
戯言はさておき、どのような制度か。文化庁が配布する文書を読んでみましょう。ここに手引書があります。
「裁定の手引き~権利者が不明な著作物等の利用について~」*2
全部で70ページです。霞が関の文書としてはわりと薄い。それでも全て読むのは骨が折れます。読みました。
ざっくりいうと「文化庁長官が一時的に著作者に成り代わり、補償料を支払うことでその著作を利用することができる。」とする制度です。この制度の裁可を受けることで利用可能になる「著作物」も、「著作者が明らかな廃絶の意思を見せておらず、著作者や編曲者の意図に左右されてもいない、公然と長期間、世間を流布してきたもの」と定義されています。…まさに発車メロディーや街頭時報じゃないですか。そして文化庁裁可制度が定める、ウェブサーチ、各所への問い合わせ、著作権者捜索広告の掲示等「相当な努力」を実施すれば、文化庁文化審議会の諮問・答申に進めます。ここで文化庁長官に利用妥当と専門家委員が上申すると最終ステップに進めます。文化庁長官裁可です。箇条書きにしてまとめましょう。
1 文化庁に裁可制度利用の宣言のために問い合わせる。
2 著作者と連絡を取るため、文化庁裁定制度が定める「相当な努力」を実施する。
3 2が失敗した旨および文化庁裁可制度裁定の希望する旨を文化庁に申請する。
4 3をもとに文化庁文化審議会が可否を上申し、文化庁長官がそれを裁可する。
5 4の裁可を待つ。
の5段階です。

『涼宮ハルヒの憂鬱』の登場キャラクターである朝倉涼子が曰く「やらなくて後悔するよりも、やって後悔したほうがいいって言うよね。」と。
文化庁長官が発令する権限は時間的制限と量的限界も定められているものの、文化庁の定める「相当な努力」、申請文書の作成、わりと高額な申請手数料に鑑みても、
やってみる価値はあると思います。


小生、再起動します。


ところで問題は、文化庁長官に納入する使用補償金は法人利用を見越しているために個人には負担が重たいこと。手引書の42ページ等に文化庁が見越した金額が載っています。わりと重たい金額です。
そして補償金裁定シミュレーションサイト*3を文化庁は公開しているのですが、書籍を除いたほとんどの場合で「下記の団体にお問い合わせください。」と突っ返されます。え?シミュレーションしてくれないの?